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人生観

 投稿者:74歳の憂鬱  投稿日:2008年 8月 3日(日)15時53分46秒
  第二章 人生観

考えて見れば、考えるほどに人間、この得体の知れない動物、人間。
全て、動植物の一生、それは「生」に始まり、「死」で終わる。
「生」で人生が始まり、今ここに存在していることから「生」が確認され、やがて最終的には「死」を
待つこととなる。
「死」を望みたくなければ、生れてこなけりゃ良かったこととなる。
「死」とは、今ここに存在する自分こそが、前提。

地球世界で、人間だけが他の動植物と違う点、
それは、考えること、思索することが出来ること。
人生、七十余年も生きてきて、始めて客観的に人生そのものが見えてきたような
気がする。
女を抱きたい欲望を持ちつつも、男性自身の衰えを自覚してから、本当の女の魅力を発見出来た気もする。


若かった頃の記憶が遠くなるにつれて、学生時代から、汗と油に汚れた頃までが、
まるで夢のようにしか思われず、初めて客観的な人生を人に語る資格を
得られた気がする。

人間は約六十兆個の細胞で構成されていると言われる。
そのうち、約五千万個の細胞が一秒ごとに死に、そして新しく生まれていると言う。
例えば、風呂で流すアカや爪を考えて見れば、直ぐに新しい皮膚、爪も
生まれてきているではないか。
これこそ、あらゆる細胞が新陳代謝されていることの証明だろう。
まして爪の持つ生命力。 人が死んで、心臓が活動を停止しても尚、
成長すると言われる爪の成長力。
通夜の席で、残された人達から悪口雑言が、なお死者に聞こえているという
耳の持つ奇跡。

自分の生命の長さを誕生日から数えては、ならないともいわれる。
生命の歴史は、三十五億年前から始まっている。
初めて地球上に生命が誕生してから、その遺伝子が私達の中にも生きている。
太陽系宇宙、第三惑星の地球、その表面にしわが出来て山となり、更に水蒸気が
発生して海となった。
海の中でミネラル・アミノ酸・蛋白質などから生命が合成され、
その遺伝子が今に続いているのだ。
海中の微生物は進化を続け、魚類となり爬虫類となり、鳥類も生まれ、
やがて哺乳類も登場してきたが、それらの遺伝子が組み込まれ、継承されているから、
今日の人類もあるという認識。
己の遺伝子は両親から受け継がれ、その両親の遺伝子は祖父母から受けたもので、
その祖父母の遺伝子は・・・・。
自分が受け継いだ遺伝子は、子から孫へ・・・・。
このように生き続けてきた遺伝子から見れば、今年、七十四歳の私の正年齢は、
三十五億年プラス七十四歳。
三十五億年も前から遺伝子を受け継いできた命。
このように大切な命、最後の死に際まで充分に使い切りたい。


ミクロで「生」を考えても、作家(医学博士)の渡辺淳一氏は、人生の始まりを誕生日ではなく、母親が妊娠した日から数えるべきだとされる。
例えば、私の誕生日は十一月十六日、母親の妊娠期間を十ヶ月十日とすれば、
その年の一月六日の夜(昼間かも知れぬが)父親の無数の精子中の一つが
母親の卵子に偶然遭遇して、奇跡的に私の命が誕生したと考えられる。
かくも、脆い基盤の上で誕生した自分の「生」。
その「生」のためにこそ「死」がある。
だから、決して「死」を恐れる必要はない。
誰にも必ず訪れるものだから。
必ず死ねるのだ。
考え続けて、悩んでも、例え神、仏に助けを求めても、今、ここに生きている限り、「死」は必然と言えよう。
その「死」を考える無駄な時間と、避けることの出来ないもの、
「死」から逃がれようとする、この愚かさ。
己の誕生が両親の下で、どのようにして、行なわれたのか。
我が子を育てるのに苦労をした体験は、両親が自分に注いでくれた愛情と同質のもの。
ここで、己の「生」の基盤がいかに脆いものであったかを、思い知ることとなろう。
誰でも最初に遭遇することには不安があるものだが、人生初めての体験である
「死」に対して恐怖を覚えるのであれば、順序として、初めて、この世に
「生」を受けた時の感動を思い出してみようではないか。
死ぬのも怖いが、よく覚えていなくても、生まれてくる時も怖かったはずだ。
避けることの出来ない「死」を考える前に生まれてきた時の恐怖を思い出してみよう。
母親の懸命な努力を考えてみよう。

母親の腹から出てきて、この世の空気を始めて吸った時、考え尽くしてから死ぬこと
より、考えることすら出来なかった時の問題として「生」を考えて見ると、
「生」は恐怖そのものだった。

死ぬのを怖がる前に、先ず、生まれた時の感激を思い出そうではないか。


生まれたから死ぬのではなく、死ぬから生まれたんだと思うことが出来ないか。

人間が、人間として生きる価値とは何か。
人生における最も確実な予定である「死」を改めて考える必要があろう。

先ず、現在の「生」があることを前提に、「死」があることを、
自覚しておかねばならない。
逆説的に、生きている限り、必ず訪れる「死」を考える時、最初に「生」を考える
必要が生じてくる。
「生」があるからこそ「死」があるという原則。
「死」があるからこそ「生」があるという原理。
今、ここに現に存在する己。
そこには前提として、絶対確実に訪れる「死」がある。
この現在の瞬間、瞬間は「死」への過程である。

「死」は必然であるが、「生」は自覚を伴わない奇跡であったと言えようか。


「死」は、時期も方法も、ある意味では選択することが出来るが、誰も自分の
「生」の時期や方法を選択した記憶など、あろうか。

自覚もなく奇跡的に生まれた己が、必然的に訪れる「死」について考えることの
愚かさを自覚してみよう。

ここに、他の動物と違う人間の尊厳、精神があることを改めて認識して、
感謝しなければならない。

例えば三十年前に、今日のテレビや携帯電話の普及を、誰が予想し得たか。
他の動植物と違って、唯一、思索することを知り、死を知り得る精神を持つ人間にだけ「魂」があるという考え方は、未だ科学的に、解明されていないだけの
事象と考えられないか。

三十年後の人間世界では、「魂」の存在が常識になっているかも知れない。


他の人を想う気持ちが強い余り、それが死後になっても、見えないところに存在する場合が、あり得ないだろうか。
己が腹を痛めた子供の将来を案ずる母親は、死後になっても、
子供の未来を案ずる気持ちを簡単に消すことは出来ないであろう。
反対に、人間だけが持ち得た精神の中での怨念も死後の世界に存在するのでは
無かろうか。
この年になって、せめて、そう信じたい気持ち。

いくらIT文化が進化した現在でも、地震はおろか台風さえも防ぎ切れない科学の限界。
その限界の向こうに見え隠れするものの正体とは?

現在の人間が見ることの出来ない世界も将来的には常識的に存在するかも知れないし、
それを今日、完全否定することは出来ない。
この悲しみを逆手にとって、安らかに人生の最後「死」を迎えようではないか。
 

老人よ、団結しょう

 投稿者:74歳の憂鬱  投稿日:2008年 6月22日(日)14時59分40秒
  後期高齢者医療制度の廃止に向けて、老人達よ団結して立ち上がろう。年金特別郵便が届いて、記入間違いを返信したが、74歳、脳梗塞の身で60キロ先の社会保険事務所へなんか行けるか。グリーンピアで無駄使いした人間や年金を使い込みした者が、未だ弁済していないのに、その年金から医療費の天引きなんか許せるか。さあ、老人達よ立ち上がろうぜ。  

相互リンクしていただき、ありがとうございました。

 投稿者:鈴木丈夫  投稿日:2008年 6月19日(木)18時25分29秒
  運営者様

こんにちは、鈴木丈夫です。
このたびは、弊サイトとの、
相互リンクをしていただきまして
ありがとうございます。

これからも、
貴サイトに訪問させていただき、、
弊サイトには無い、様々な良い所を
学ばせて、いただきたいと思っています。
貴サイトの文章の量と、質の高さを
これからも、学ばせていただきます。

弊サイトのトップページにも、
記載しましたが、
私が、コンピュータに詳しくも無いのに
アウトルックをいじってしまい、
同じ相互リンクお願いが
届いてしまわれた場合には
お手数ですが、削除をお願いします。
申し訳ありませんでした。

貴サイトの今後のますますの
ご発展を心より願っております。

今後とも、よろしくお願い致します。

ありがとうございました。

http://www.tariyu.net/

 

追伸・・趙海東君のこと

 投稿者:済南・道子  投稿日:2008年 6月19日(木)14時08分30秒
  朝日新聞をお読みになれない方に

彼は今中国の北京人民ラジオ局で日本の深夜放送に似た
「東京音楽広場」という番組を持っています。
青樹さんという日本人女性とコンビでやっていて、中国人向けですから
青樹さんは日本語、趙君は中国語で対話しています。
しかし、趙君の日本語は日本人と全く同じ、九州なまりの私の日本語より美しい日本語をしゃべります。

音楽を通じて、日本の日常の姿、普通の日本を中国の若者たちに知ってもらいたいと頑張っています。中国人は小さい頃から教育された軍国主義の日本、日本鬼子(リーベン・グイズ)という観念的な日本のイメージを持つ若者が多く、2002年には反日感情の嵐が吹き荒れました。

また彼は「日本音楽文化論壇」というウェブサイトを持ち、23000人の日本音楽ファンの会員がいて日本に関心を持つ若者がふえています。反日運動の弾き荒れる時期は彼のサイトへの日本攻撃投稿はすごかったそうです。

政府間の交流の努力はもちろんですが、普段着の若者たちが気軽に交流し、日本文化や日本人の生活など現実を知り、無知や誤解でおきる反日感情が和らぎ、真のに日中交流が続いていくことを彼は願っています。



一昨年夫と私は趙海東君式に招かれて北京にいってきました。
新婦はかれの放送のリスナーでした。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~tianduan/kekkommsiki.htm



田端道子のHP「道子のP水彩画三昧」

http://www5e.biglobe.ne.jp/~tianduan

http://www.tatunet.ddo.jp/amoi1/index.htm

 

「反日の嵐」ネットの攻防

 投稿者:済南・道子  投稿日:2008年 6月19日(木)12時48分1秒
  朝日新聞6月18日夕刊一面に「反日の嵐・ネットの攻防」という記事がのりました。
よろしかったら是非読んでみてください。


久しぶりに投稿させていただきました。
「エッセイ「済南の風通信」の田端道子です。
10年の外国での日本語教師を終了し帰国しました。
夫は今入院して療養中です。

実はこの記事の「趙海東」くんは私たちの中国での最初の教え子です。
北京の外校学院という大学で教えましたが、
ここは外交官や通訳など国際人を養成する大学で、ずば抜けた優秀な学生たちが
中国全土から集まっていました。

彼の後輩は何人も日本の中国大使館に外交官として赴任しています。

トップクラスの成績の彼は、国際放送の道を選びました。しかし若さ故の悩み、報道に関する悩み種種あったのか退職して、あえて厳しいフリーの仕事を選びました。


彼は外交官の道に行きませんでしたが、こういう形で日本と中国の友好に努めています。
私たちも誇りに思っています。
先日夫婦で日本にきて我が家にも泊まっていきました。


「東京音楽広場」
http://audio.bjradio.com.cn/list.jsp?catalogcode=KJPD001005006#

彼は中国語でしゃべっています。
しかし、彼の日本語は流暢で日本人と全くかわりません。

http://www.tatunet.ddo.jp/amoi1/index.htm

 

人生後始末

 投稿者:74歳の憂鬱  投稿日:2008年 6月 8日(日)16時23分26秒
  高齢化社会に参入してくる団塊世代の人達が、やがて人生の最後を目前に控える時になって慌てることの無いように、人生大先輩の教訓を読んで自分の頭で咀嚼、私なりに解釈して、私自身が納得した死生観として伝授し、残しておきたいものがある。

一徹を通し人生締め括り
  石原すみ子 (川柳年鑑)

一徹を通し
 侘しき 頑固者 (拙作)

人間の命は、何時か終わりを告げる。
あなたは必ず死ぬ。
遅かれ早かれ、私も死ぬ。
あの苛めっ子も死ぬ。
あの苛めた奴も死ぬ。
偉そうなことを言っていた奴も死ぬ。
憎いアイツも、あの可愛い娘も死ぬ。
あのお金持ちも死ぬ。
貧乏人の己も死ぬ。
以上、この世の中の、あらゆる予定の全てが
不確実な中で、これだけが唯一最も確実と
断言できる予定だ。

だったら幸福に、平和に、生きていて良かったと
思いながら、人生を終わらせたい。
良い国に生まれて良かった。
良い街で暮せて良かった。
良い人と逢えて良かった。
そう思って死ねるように努力しょう。

今までは、人にことだと思いしに
俺が死ぬとは、こいつは堪らぬ。

朝起きて、夕べに顔は変わらねど
何時の間にやら、年は寄りけり。
  (江戸時代の狂歌より)

己の人生は、誰の物でも無い、己自身のもの。
だったら、死を素直に受け止めようではないか。
避けられぬ死なら、明るく迎えようではないか。
それまでの人生を、せめて明るく生きようではないか。
充実した人生だったと思って死を迎えたい。

両親の生命を受け継いだ精子と卵子が
奇跡的に、めぐり逢うというラブストーリー、妊娠。
3億5千万個もあるとされる精子が、卵子めがけての
熾烈な競争の中で、俺も君も優勝して、誕生してきた。
生命の終わりについて語るなら、
生命の始まりについても思いを馳せるべきだろう。

己自身が、哲学者カントの「われ思うにわれ在り」に
触発されたのが二十四歳頃だったから、それから、
その解釈に悩み続けて今年で五十年にもなる。
国民学校(小学校)五年生の夏に終戦を迎え、
肺浸潤に怯えながらも工業高校をやっと無事(?)
卒業、二十歳の若さで自殺した原口統三氏の
「二十歳のエチュード」に激しい衝撃を覚え、
高度経済成長期を汗と油で乗り切り、
両親や兄達の死を目前にして、深い思いや、悩みを
繰り返し、七十四歳になって高齢者社会を漂流しつつ週刊新潮の連載「死に方上手」(池田晶子氏)に感激し、その著作「四十一歳からの哲学」「勝っても負けても四十一歳からの哲学」を経て、般若心経に心酔し、瀬戸内寂聴さんに惚れて、同年代の永六輔氏の「大往生」「二度目の大往生」に感銘し、今、ここに「人生後始末」を記すに至る。

大きなことを言うようだが、本書で行なう私の
全ての表現は、所詮、自分の(弁解)の域を出ることが出来ないでいる。

全て、あらゆる言葉、文字など、表現に使われる手段、
いわゆる表現とは、それを使う人間が意識すると
しないに限らず、全て自己弁護の域を出ることが
出来ないもの。
全ての表現は、無意識の中であっても盗作したもの。
言葉、文字、それらを使った広い意味での表現、
それらは、両親を含む家族、学校や社会からの盗作に
過ぎないもの。
己が、この世に誕生した時、既に言葉や文字を
知っていたと、胸を張って言えるだろうか。



自ら創作した言葉や文字を、少なくとも私は、
使った覚えも無いし、本来、人間は言葉や文字等の
表現方法を、自ら作り出す技術なんか持ち合わせてもいない生物。

ここから綴る一文にしても、全て盗作以外のなにものでもあり得ない。

小学校低学年の時(タ)(ト)と言って兄貴達に
笑われた言葉、それは未だカタカナしか知らないで
(外)という漢字を読んだ時のこと。
電車が事故で「不通」になっても、最近まで特急列車が「普通」に変更されたものとばかり思い込んでいた。
頭の中で思い描いていたものを、身体の外へ出した
途端、そこに(口)が加わり、あるいは(手)を
経由するものだから、思った通りのものが身体の外へ
出てこないもどかしさ。
例えば、私は男性だが、「私は女性です」という
文字を平気で書くことも出来る。
歌舞伎の女形を見て、例え、それが男であっても
本物の女性よりも、女らしく見ることが出来る。

全く無銭の時でも、財布が一杯のように装う
ことも可能だ。

そんなことを百も承知の上で、このように表現する
しかない矛盾を承知の上で、平気な顔をする己。

今まで、他人の文章を厳しく見つめてきた自分も、
時には、やはり厳しく評価される立場に戻らねば
と気づく。

果たして、世間の厳しい評価に耐えられるものか、と
不安に思いつつ、俗世界の弱気の虫が生まれる中で
この「人生後始末」を記す。
 

安曇野の春、素敵ですね!

 投稿者:A.I.  投稿日:2008年 5月 2日(金)21時45分28秒
  雪をいだいている南アルプスを背景に、淡いピンクの桜! その1〜5まである、日本の誇れる景色、堪能しました。ひとつひとつは小さなかわいいお花なのに、三分咲きでも満開でも、春といえばまず心に浮かんでくる、この存在感。写真を眺めているうちに、懐かしさも、どこかに感じていました。シダレザクラ 安曇野市穂高牧や、三郷地区の黒沢川の桜並木は、特に印象に残りました。すてきなお花見をさせていただき、有難うございました!
南米紀行のナスカも、楽しく拝見しました。地上絵は、作られた当時のまま、でも、作った人たちを知る手がかりは、後世に少ない。不思議ですね。私は、フジモリ大統領だった頃に訪れましたが、6人乗りのセスナは、やはりサービス満点でした。同じように旋回する別のセスナを見つけると、この描かれている大地の広さを実感したのが思い出されました。
 

続・青年は荒野をめざそうかな。

 投稿者:ヒロノスケ  投稿日:2008年 5月 1日(木)15時46分33秒
  はじめまして。
ボクは、もう30年近く、ひとり株式会社を続けています。
まわりには、ボクと同じベビーブーマー世代の人たちはほとんどおりません。
「あの時のみんなはどこへ行ってしまったんだろう?」と、
最近、懐かしく感じます。


ボクの場合、ひとり株式会社ですから、定年はありません。
いくつかの企画立案をしては、それをクライアントにプレゼンテーションをしております。
こうした中、ベビーブーマー世代へ呼びかける気持ちで、
下記の企画を考え、実際にスタートすることになりました。
それは、「航空券プレゼント、いま再び、北欧スカンジナビアへ。」

そのイントロは、こうです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1ドル360円の時代。
1970年前後、あの時、ベビーブーマー(団塊の世代)にとって、
シベリア経由北欧行きはひとつのブランドでした。
初めての異国ースカンジナビアのカフェで、
世界のベビーブーマーズと身振り手振りでコミュニケーションをとったり。
スカンジナビアのレストランでお皿洗いをしながら長期滞在したり。
スカンジナビアをベースにヨーロッパ放浪の旅へ出かけたり。
あの時、スカンジナビアは、新しい世界、新しい荒野への入り口でした。

そして、2008年、いま再び、スカンジナビア、
スカンジナビア航空(SAS)で行く新しいスカンジナビアへの旅。
いま、新たな旅立ちを迎えるベビーブーマーズを祝して、
【スカンジナビアへの往復航空券】または
【ノルウェーフィヨルド沿いのスロートラベリングな船旅】をプレゼント!

▼プレゼント応募フォーム≫ ≫ ≫
http://www.hitobito.net/cl.php?fdb027c9b693
▼スカンジナビア航空(SAS)
http://www.flysas.co.jp
▼スカンジナビア政府観光局
http://www.visitscandinavia.or.jp

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

こちらからもアクセスできます。
http://www.boys-girls.jp/

ボクは、続・荒野をめざそうかなと思っております、
スカンジナビアには、ノルウェーの森、北欧ジャズ、ムンクの「叫び」情報、
ユニークな男女平等哲学など、
ベビーブーマー世代のライフスタイルや価値観を刺激するインフォメーションが色々です。
もし、関心がありましたら、ご応募頂ければ幸いです。
 

NZロトルアより

 投稿者:KIWI-RACCO  投稿日:2008年 4月21日(月)21時34分36秒
  ニュージーランド北島ロトルアでB&B(民宿)「さざんか亭」と日本語ガイドをしているヒロ&ポールです。
南半球は晩秋。北島中央部のロトルアも、樹々が色づき、オータムカラーのしっとりした風景になってきました。
これから、冬に向い、観光シーズンはオフになりますが、その分、日本からの航空券もお安くなり、観光客の混雑もなく、ゆっくり過ごすのにいい季節になります。ロトルアは温泉もありますし……。
トラウト・フィッシングも秋の方が旬。ゴルフも夏より芝が青々して、秋・冬・春の方がオススメですよ、とゴルフ大好きでNZに11回も来たという方がおっしゃっています。

この頃は、シニアのご夫妻や、シングル男性で、レンタカー・ドライブされる日本人旅行者の皆さんも増えてきました。自由気ままに行きたい所にいける点が、NZのホリデイにぴったりなんですね。
私たちの民宿でも、個人旅行やロングステイの下見などに、日本語で情報がいっぱい聞けるから……というゲストが、よくいらっしゃいます。
NZ旅行やロングステイをしてみたいとお考えの方、「さざんか亭」HPに、NZ旅のコツなども詳しくご紹介していますので、どうぞお役立てください。

KIWI-RACCO B&B「さざんか亭」は、この4月に、ロトルア市内のカワハ・ポイントという湖に近い住宅街に移転しました。中心部まで車で5分の位置ながら、森の中にあるような佇まい。徒歩5分で湖畔の散策路。夜景を見ながらのディナー(ホストのポールは元シェフ)、南十字星を見ながらの露天ジャクジー風呂も大好評です。
★KIWI-RACCO さざんか亭だより
http://web.mac.com/hiroe_kh18/
 

海外シリーズ 「ペルー・マチュピチュ」wo

 投稿者:A.I.  投稿日:2008年 4月 4日(金)23時34分1秒
  毎号、興味をひかれる記事が多いのは、魅力ですね。中でも最近では、海外シリーズ 「ペルー・マチュピチュ」を、約12年前訪れた想い出もあったので、大変懐かしく拝見しております。当時、目に映ったマチュピチュやサクサイワマンは、私にとりましても、時空を超えた、感動的な一種の出会いでした。以前の記事 「イグアスの滝」へも、いつか行けたら、どんなに素敵でしょう。旅先で、岩井夫人が岩井氏に 『来て良かった。お父さんありがとう』 と言うくだりが、ほのぼのしていて、とてもいいですね。けれども、写真はすごい迫力! そこがまた面白く感じられました。  

以上は、新着順11番目から20番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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