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スペイン人もすきねぇ~(笑

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月18日(土)23時57分49秒
編集済
  ソ連軍捕獲番号でまず目を引く状況の1つに#72~#78のパンターと4号戦車/70(A)が道路上にずらりと並んで放棄されている場面がありますが、この場所が気になるマニアは世界中にいるようで、不鮮明ながら周りの状況がわかる画像をスペイン語のサイトで発見しました!

http://www.duelinthemist.com/t42-tales-of-war

解説によると、Veszperm近郊の8号線上らしいのですが、それらしい場所は今日のところはみつかりませんでした。
 
 

Panzerwrecks20を読む(番外編その2)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月14日(火)12時29分28秒
  #31(推定)メーベルワーゲン
Panzerwercks7 P50で鮮明な写真が掲載されて車体前面下部になにやら番号が記入されているように見えるものの、はっきりと読み取れませんでした。今回、Panzerwrecks20に掲載の#32、#33と同様に第509重戦車大隊の所属である点と、背景の山の特徴からこれらの
メーベルワーゲンと同じ場所で撃破されたと考え、#31と推定しました。

http://www.panzerwrecks.com/wp-content/uploads/2016/08/PW7-5.jpg
 

【ラスト・オブ・カンプフグルッペV】

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月13日(月)21時49分50秒
  アーマーモデリング4月号に新刊告知が載りました!
5月2日発売予定・4,300円
 

Panzerwrecks 20を読む(12)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月12日(日)19時47分42秒
編集済
  #32 メーベルワーゲン
テキスト翻訳
「この4号対空戦車「メーベルワーゲン」はAkarattya(Balatonakarattya)の西端で、シュトルモビクの37mm機関砲とRSロケット弾により失われた。ソ連軍砲兵は左側装甲板の貫通孔を測定している。この車両は第509重戦車大隊の「37」号車で、1945年3月23日に撃破された。37mmFlak43は車両から外れて地面に転がっている(写真の左側)。無線アンテナはピボットマウントにより車体後部に取り付けられ、戦闘室の後部装甲板とともに低い位置に倒されており、これにより機関砲の発砲による損傷を防止した。このことがはっきりとわかる。」

https://trmreviewconnect.files.wordpress.com/2016/10/photoscan-4-800x631.jpg

場所はAkarattya(Balatonakarattya)の西端の切通の手前で周辺は公園のようになっています。第509重戦車大隊所属で「37」が記入されていると書いてありますが、写真には写っていません。

https://www.google.co.jp/maps/@47.0121951,18.1612243,3a,75y,31.13h,85.04t/data=!3m6!1e1!3m4!1sDIZqEYnt16uOQ4isgz2Jpg!2e0!7i13312!8i6656!6m1!1e1
 

Panzerwrecks 20を読む(番外編)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月 6日(月)16時18分48秒
  #104 4号戦車/70(V)
http://ic.pics.livejournal.com/mihalchuk_1974/69228826/420870/420870_900.png

バラトン湖P81中と同じ写真で、Panzerwercks20 には掲載されていませんが、背後の建物からPanzerwercks20 P40 #103と同じBalatonfűzfőの鉄道駅での撮影とわかります。#103の写真には砲塔のないパンターも写っていますが、捕獲番号は付けられなかったようです。

https://www.google.com/maps/@47.0614938,18.0413563,3a,75y,69.11h,90.54t/data=!3m6!1e1!3m4!1sjgoSB2dqldVU301m4nPXgQ!2e0!7i13312!8i6656
 

Panzerwrecks 20を読む(11)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月 4日(土)22時11分7秒
編集済
  #344A 4号戦車/70(V)
テキスト翻訳
「原型をとどめない4号戦車/70(V)。車体上部、エンジン、転輪、履帯がすべてなくなっている。この車両は第1SS戦車師団、第1SS戦車猟兵大隊で、1945年3月25日~26日の間にBakonygyepesにおいて2発のPTAB爆弾が機関部に命中した。車両は搭載弾薬の爆発で炎上した。背後の建物(パブ)は爆発に巻き込まれて損傷している。」

https://www.dersockelshop.de/media/image/pwrecks20g.jpg

建物(パブ)は今でも大きな幹線道路沿いに残っていました。以前はバイクショップかなにかだったようですが、現在は空き家で売りに出されている模様です。

https://www.google.com/maps/@47.1385107,17.5483205,3a,47.2y,43.89h,83.25t/data=!3m6!1e1!3m4!1sVx9BSb81AJnaN1w-yjrVcA!2e0!7i13312!8i6656!6m1!1e1
 

Panzerwrecks 20を読む(1)改訂版

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月 2日(木)22時42分43秒
  #2&#3 4号戦車J型(バラトン湖 P61上)

以前はOzora村の北側でもすこし離れた道路の右側が開けた場所に見当をつけたのですが、いろいろ画像検索していたところ、道路の反対側から#2の4号戦車を写したクリアな写真を発見しました。その結果、向こう側に山が見える場所であることが判明し、前回推定した場所よりもう少し村に近い場所だったようです。右側の藪が茂っているので、運河や山の様子がよく見えないのが残念。

http://rubooks.org/book.php?book=8817&page=25

https://www.google.co.jp/maps/@46.7559717,18.4083802,3a,75y,103.66h,78.23t/data=!3m6!1e1!3m4!1sWHrtQTCErWVe9oQOHnuDFg!2e0!7i13312!8i6656
 

ソ連軍捕獲番号の考察

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月 2日(木)03時09分37秒
編集済
  ソ連軍によるドイツ軍の戦車、自走砲の調査が行われた時期は大きく2期に分かれます。

第1期は1945年2月末で、この時期には計90両のドイツ軍重戦車、新型中戦車、各種自走砲、装甲兵員車のマーキングが行なわれました。内訳はティーガーII×7両、パンター×31両、4号戦車×12両、3号戦車×4両、各種自走砲×32両、装甲兵員輸送車×4両となっていました。(バラトン湖の戦いP41)
この時期に撮影された写真は①車体に白色迷彩 ②地面に雪が残るなどの特徴があり、途中の番号が飛んではいるものの、#1~#89 とほぼほぼ90両というのは間違いなさそうです。

第2期は「春の目覚め作戦」の戦闘終了後の3月29日~4月10日の間で、バラトン湖地区、エンシャ運河、カポシュ運河、ツェツェ、シャルヴィズ運河、セーケシュフェヘールバールで調査を実施し、968両の戦車、自走砲、446両の装甲兵員輸送車、オフロード乗用車(合計には2月の90両を含む)を調査し、その内400両の重戦車、新型自走砲、新型重火砲搭載装甲車両については特別調査が実施されました。
特別調査対象400両の内訳は、ティーガーII×19両、ティーガーI×6両、パンター×57両、4号戦車×37両、3号戦車×9両(火炎放射戦車、指揮戦車、砲兵観測戦車)、ハンガリー製の戦車と自走砲×27両、突撃砲と自走砲×140両、戦車回収車、装甲兵員輸送車、装甲自動車×105両となっていました。(バラトン湖の戦いP73)
この時期に撮影された写真にはいくつかのグループがあり、
①#1~#300 のメインと思われるグループ
②#301A~#357A の数字の後にAの付いたグループ
③#N2~#N28 の数字の前にNの付いたグループ(N1は未発見)
④#91~#133 のブタペスト又は都市部と思われるグループ
⑤#1~#8 のSzekesfehervarの北で最初期に調査されたグループ

特に⑤についてはこんなロシア語のページがあり、第3ウクライナ方面軍がなぜこのような調査命令を受け取ることになったが書かれています。

http://old.redstar.ru/2009/08/19_08/3_04.html

それによると「バラトン湖での最初の戦闘(ドイツ軍によるコンラート作戦のことと思われる)のあと、モスクワでは総司令部の誰かが第3ウクライナ方面軍の不相応な損害について指揮官の責任を追及しようとした。」のが事の発端のようで、「ドイツ正面でもない戦線でこんなに損害をだすのは方面軍の指揮がまずいんじゃないの?」とか、あるいはこれに便乗して野戦軍司令部のポストを狙ったやつがいた?とも考えられます。
調査の方は方面軍指揮下の各地の砲兵司令部で行われた模様で、数字が重複したり、必ずしも数字が連続していない理由であろうと思われます。
 

Panzerwrecks 20を読む(10)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 3月 2日(木)03時08分51秒
  #240 ティーガーII
テキスト翻訳
「第503重戦車大隊第1中隊の「133」号車は1944年12月23日にドイツ軍による反撃でÚrhida村の再占領時に失われた(村はNádasdladányとSzabadbattyánの中間地点)。正確な「死因」は謎であるが、ドイツ側の記録では隠れていた76mm対戦車砲弾が命中したと言われている。一方、1945年春に調査した第17Air Army調査団によると機関部に3発のPTAB爆弾が命中して炎上した。さらに50m以内には2個所のFAB-100爆弾の爆弾孔があった。残骸はÚrhida村の東側700mに位置していた。この残骸は1945年1月にドイツ軍が奪還した際にはあきらかにスペアパーツの供給源となった。

Úrhida村の教会の東側の地点で、周りはすっかり宅地化して教会の建物が見えにくくなっていますが、ティーガーIIの砲塔が睨む東側を向くと、この地点が小高い丘の上で絶好の射点であることがわかります。

https://www.google.co.jp/maps/@47.1308901,18.3363484,3a,90y,32.94h,84.79t/data=!3m6!1e1!3m4!1swlvE07PvWVoqxr2jSQB6Pw!2e0!7i13312!8i6656
 

Panzerwrecks 20を読む(9)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 2月25日(土)22時28分43秒
  #103 4号戦車/70(V)
テキスト翻訳
「この4号戦車/70(V)はFAB-250爆弾の命中により戦闘室がずれて車体上に載っている。この戦車はこの地区をソ連軍により蹂躙された1945年3月23日にBalatonfűzfőの鉄道駅で発見された。ここがスクラップヤードに見えることを考えると、この戦車は以前に撃破されてから鉄道で後送するために回収された可能性が高い。牽引しやすくするため履帯の片方は短縮されている。」

Balatonfűzfőの鉄道駅まで回収されたものの、爆撃で最終的に放棄されてしまった模様です。背景に写り込んでいる2棟の建物は住宅として現在も現役で使用されているようです。別の写真で駅構内の様子がわかりますが、駅構内には回収された多数の戦闘車両が集積されています。

https://www.google.com/maps/@47.0605817,18.0423197,3a,75y,313.06h,87.67t/data=!3m6!1e1!3m4!1s7Nc_aTRDS8yaCyYFfFUeHg!2e0!7i13312!8i6656

今も現役の住宅 その1
https://www.google.com/maps/@47.0612657,18.0415878,3a,75y,333.41h,87.53t/data=!3m6!1e1!3m4!1skkGmu0TAMvoKTZC48f3RLQ!2e0!7i13312!8i6656

今も現役の住宅 その2
https://www.google.com/maps/@47.0618712,18.0409808,3a,75y,333.41h,87.53t/data=!3m6!1e1!3m4!1sa_Afj7GPGc6BM4fhYUDsiQ!2e0!7i13312!8i6656
 

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