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コタンタン半島/シェルブールのドイツ軍部隊

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 8月17日(木)21時26分1秒
  マイナー部隊史に「コタンタン半島/シェルブールのドイツ軍部隊」を追加しました。
シェルブール駐屯の海軍部隊のこととか、まだわからないことも多いので、情報の追加もボチボチと進めて行こうと思います。
 
 

第87要塞大隊又はシェルブール要塞部隊

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 8月12日(土)18時42分29秒
編集済
  謎の「第87要塞部隊」と書きましたが、マイソフさんのおかげでかなりのところまでわかりました。結局のところ中年のおじさん兵士による2線級固定陣地部隊で、実態は例によって推して知るべし・・・(笑

シェルブール要塞/第87要塞大隊
Festungs-Stamm-Truppen Cherbourg
Festungs-Stamm-Abteilung LXXXVII

1943年5月以降、海岸線の背後5~10kmの地点に第2防衛線を構築することが計画されました。この部隊は大陸侵攻への反撃用予備部隊となる予定でしたが、予備部隊用の兵力は沿岸防衛用の部隊から抽出されることとなっており、その結果肝心の沿岸防衛部隊の戦闘力が大幅に弱体化することとなりました。このため「大西洋の壁」の固定陣地には28歳~40歳の中年の兵士による2線級の要塞部隊(Festungs-Stamm-Truppen)を編成して配置し、若い兵士は野戦部隊にまわそうとしました。このようにして編制された要塞部隊は戦術的には陸軍の各軍団に配属されており、各要塞部隊は沿岸防衛管区(Küsten-Verteidigungs-Abschnitte=KVA)ごとにさらに細分化され、200名から350名の中隊単位で各地の陣地に配置されました。
シェルブール要塞部隊の1944年4月1日現在の兵力は4個中隊の1,355名と海軍200名で、戦術上は第87軍団に配属されており、「第87要塞大隊」(Festungs-Stamm-Abteilung LXXXVII)とも呼ばれました。
 

コタンタン半島/シェルブールの戦い

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 8月 9日(水)22時47分35秒
  第91空輸歩兵師団をきっかけにコタンタン半島/シェルブールの戦いの参加部隊を調べ始めたと以前書きましたが、一応部隊一覧を挙げてみます。

<師団>
第709歩兵師団
第243歩兵師団
第91空輸歩兵師団

第77歩兵師団
第265歩兵師団
SS第17機甲擲弾兵師団「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」

<連隊>
第6降下猟兵連隊
第101要塞ロケット砲連隊
第621砲兵連隊
第1261沿岸砲兵連隊
第1262沿岸砲兵連隊
空軍 第30高射砲連隊
第752特別編成擲弾兵連隊

<大隊>
第7軍直轄 突撃大隊(メッサーシュミット突撃大隊)
第17機関銃大隊
第100教育及び補充戦車大隊
第206戦車大隊
第902突撃砲大隊
第649東部大隊
第561東部大隊
第795東部大隊
第549東部大隊

<シェルブール要塞>
シェルブール要塞
海軍 第260砲兵大隊
第84要塞大隊

このうち最後の第84要塞大隊は「彼らは来た」と「Cherbourg 1944」の地図に載っているのですが、何もわからない謎の部隊です。
 

ノルマンディーの沿岸砲兵部隊 その2

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 8月 5日(土)01時55分50秒
  ノルマンディーの太平洋防壁についてのサイトで管理人さんによる現地写真とドイツ軍守備隊の防衛拠点と沿岸砲台の詳細な位置情報を発見!

The Atlantik Wall In Normandy
http://www.atlantikwall.org.uk/index.htm

海軍第260砲兵大隊についても部隊配置がさらに詳細にわかりました。

海軍 第260砲兵大隊
Marine-Artillerie-Abteilung 260

第1中隊「外堤防中央要塞」(Fort Central):9.4cmVickersM39(e)×4門
第2中隊「ブランケネセ」(Blankenese):9.4cmVickersM39(e)×4門
第3中隊「港湾鉄道駅」(Harbour Station):10.5cmSKC/32×2門
第4中隊「シェルブール砦」(Bastion Cherbourg):10.5cmSKC/32u×4門
第5中隊「ルル要塞」(Fort du Roule):10.5cmSKC/32u×4門
第6中隊「ランドメール」(Landemer):15cmSKL/28×4門
第7中隊「ブロミー」(Brommy):15cmSKC/28×4門
第8中隊「ヨーク」(Yorck):17cmSKL/40×4門
第9中隊「ハンブルク」(Hunburg):24cmSKL/40×4門

こちらの情報によると「ロング」砲台はバイユー北側にあり、陸軍 第1260沿岸砲兵連隊第4中隊、「マルクフ」砲台は陸軍 第1261沿岸砲兵連隊第3中隊が配属されていたようです。
 

ノルマンディーの沿岸砲兵部隊

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 7月31日(月)23時14分40秒
  昨日シェルブール周辺の陸軍と海軍の砲兵部隊を調べて放浪していたら、凄いものをみつけてしまいました。コタンタン半島のドイツ軍部隊配置図ですが、歩兵部隊の他に陸軍の沿岸砲兵部隊と海軍の沿岸砲兵部隊の砲台位置も記入されています。

https://www.coh2.org/topic/14559/ww2-daily-pic/post/314020

地図の中で「MKB」と表記されているのが海軍沿岸砲兵中隊(Marine-Küsten-Batterie)で、コタンタン半島には第260砲兵大隊が配置され、本部はシェルブールに置かれました。

海軍第260砲兵大隊
Marine-Artillerie-Abteilung 260

海軍沿岸砲兵中隊「ロング」(Lougues):15cmSKL/C36×4門
海軍沿岸砲兵中隊「マルクフ」(marcouf):21cmK39/41×4門、15cmSKL/45×1門
海軍沿岸砲兵中隊「ブランケネセ」(Blankenese):9.4cmVickersM39(e)×4門
海軍沿岸砲兵中隊「ハンブルク」(Hunburg):24cmSKL/40×4門
海軍沿岸砲兵中隊「ブロミー」(Brommy):15cmSKC/28×4門
海軍沿岸砲兵中隊「ルル要塞」(Fort du Roule):10.5cmSKC/32u×4門
海軍沿岸砲兵中隊「シェルブール砦」(Bastion Cherbourg):10.5cmSKC/32u×4門
海軍沿岸砲兵中隊「ヨーク」(Yorck):17cmSKL/40×4門
海軍沿岸砲兵中隊「ランドメール」(Landemer):15cmSKL/28×4門
海軍沿岸砲兵中隊「グレヴィル」(Greville):38cmSKC/34×2門

このうち海軍沿岸砲兵中隊「ロング」のみはバイユー北側にあり、その他の中隊はコタンタン半島各地に点在していました。

「1261」と「1262」は陸軍の第1261沿岸砲兵連隊(10個中隊)と第1262沿岸砲兵連隊(8個中隊)ですが、地図では第1262沿岸砲兵連隊のほうで重複と欠落?があるようで、第14中隊も書いてあるので、この辺は新たな課題です。

なお、この地図の出典はおなじみのOspreyシリーズのようなので、ご興味・ご関心おありのお客様はポチっとしてください。(W
Cherbourg 1944: The first Allied victory in Normandy (Campaign)
http://amzn.to/2vllFuD
 

陸軍の空挺師団(?)

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 7月16日(日)22時44分14秒
編集済
   ノルマンディの部隊配置図を眺めていて「第91空挺師団」を見つけたことはありませんか?
「あれ、でも陸軍の空挺師団は空軍に移管されたはずだよね?」と思ったあなた、さすがです!(笑

1939年1月1日以降、陸軍の空挺部隊はすべて空軍に移管されました。これによりゲーリング国家元帥閣下の「空を飛ぶ兵器はすべて空軍の管轄」の言葉どおり、ブランデンブルク部隊の特殊作戦部隊のような小部隊を除き、陸軍の空挺部隊はなくなったはずでした。「空挺師団」はドイツ語の「Luftland」または英語の「Air-Landing」を直訳した結果らしいのですが、もちろんこの師団はパラシュートを背負って輸送機から飛び降りるような空挺師団ではありませんでした。
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第91(空輸)歩兵師団
91. (Luftland) Infanterie Division

 師団は1944年1月15日、第25編成波により通常の歩兵師団としてバウムホルダー(Baumholder)で編成され、その後フランスのランス(Reims)に移動しました。1944年5月6日、師団は「空輸師団」に改編されることとなり、砲兵連隊の装備砲は通常の榴弾砲よりも軽量な山岳榴弾砲に更新され、さらに第91軽歩兵大隊が追加編成されました。
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第91(空輸)歩兵師団

師団司令部/司令部中隊
第1057歩兵連隊
  第1大隊:第1~第4中隊
  第2大隊:第5~第8中隊
  第3大隊:第9~第12中隊
  第13歩兵砲中隊
  第14戦車猟兵中隊
第1058歩兵連隊
  第1大隊:第1~第4中隊
  第2大隊:第5~第8中隊
  第3大隊:第9~第12中隊
  第13歩兵砲中隊
  第14戦車猟兵中隊
第191砲兵連隊
  第1大隊:第1~第3中隊(10.5cm山岳榴弾砲40×12門?)
  第2大隊:第4~第6中隊(10.5cm山岳榴弾砲40×12門?)
  第3大隊:第7~第9中隊(8.8cmPak装備)
第191戦車猟兵中隊
第191高射砲中隊(20mmFlak装備)
第191工兵大隊:第1~第2中隊
第91軽歩兵大隊
第191通信大隊

第191師団補給隊
  (自動車化)輸送段列(90t)
  (自動車化)輸送段列(60t)
  (自転車化)輸送段列
第191(自動車化)修理工場中隊
<管理隊>
第191(一部自動車化)製パン中隊
第191(自動車化)精肉中隊
<衛生隊>
第191(自動車化)衛生中隊
第191除染中隊
第191患者輸送中隊
第191獣医中隊

第191(一部自動車化)野戦憲兵分遣隊
第191(自動車化)野戦郵便局
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 1944年5月、師団はノルマンディーに移動することとなり、5月15日には鉄道輸送によりすべての部隊の移動が完了しました。師団の兵員数は7,000名~8,000名で、移動には32本の軍用列車が使用されました。

第91軽歩兵大隊はTessinによると1944年4月に編成されたとしていますが、6月5日現在の第7軍の配置図には記載されておらず、おそらく戦闘準備が完了していなかったものと思われます。またD-Dayの時点で師団には第6降下猟兵連隊が臨時に配属されていましたが、一方で野戦補充大隊が配属されていませんでした。

 師団の各部隊はコタンタン半島でアメリカ軍空挺部隊と戦闘に入りましたが、侵攻初日の6月6日に師団長のウィルヘルム・ファライ(Wilhelm Falley)中将は師団司令部に戻る途中、第82空挺師団の一中尉に率いられた小部隊に襲撃されて戦死してしまう事態となりました。6月12日までの戦闘で第91歩兵師団は戦死、負傷、行方不明合計で2,212名の損害を被り、6月24日までの戦闘で師団は兵力の85%を失っており、砲兵は21%、工兵は76%、戦車猟兵は48%の兵力を失いました。

 第191砲兵連隊の2個砲兵大隊は10.5cm山岳榴弾砲40(10.5cm Gebirgs-Haubitze 40)を装備していましたが、一般的な10.5cm榴弾砲との弾薬の互換性はありませんでした。このため、ノルマンディーでの戦闘の際にはこの2個大隊のみで使用する弾薬は補給問題の原因となり、この砲は順次後方に送られて他の砲と交換されたようですが、6月27日の時点で師団が装備した重装備は下記のとおりであり、特に砲兵の装備はおなじみのロシア製捕獲野砲をはじめ、様々な砲の混成となっていたことがわかります。また、第902突撃砲大隊も配属されていたようです。
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師団の重装備状況(6月27日現在)

・ロシア製7.62cm 39(r ) 野砲×31門
・7.5cm FK17(t) 野砲×1門
・10.5cm山岳榴弾砲40×2門
・8.8cmPak43×8門
・ロシア製12.2cm軽榴弾砲×12門
・ロシア製12.5cmカノン砲×7門
・ロシア製15.5cm重榴弾砲×9門
・8.8cmFlak21×2門
・III号突撃砲×21両(第902突撃砲大隊)
・(自走)7.5cmPak40×10両
・(自動車化)7.5cmPak40×39門
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7月21日の時点になると師団には下記のような砲兵部隊が追加配属されていました。また、第177砲兵連隊の装備砲は通常の10.5cm榴弾砲に置き換えられたようですが、確証はありません。またこれを見ると上記の「師団の重装備」は臨時配属された砲兵部隊の装備砲も含まれていることがわかります。
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第177砲兵連隊
  第2大隊:
    第4中隊(10.5cm榴弾砲×4門)
    第5中隊(10.5cm榴弾砲×3門)
  第3大隊:
    第7中隊(8.8cmPak×3門)
    第8中隊(8.8cmPak×3門)
    第9中隊(2cmFlak×7門、3.7cmFlak×2門)
第355砲兵連隊
  第1大隊:
    第1中隊(10.5cm榴弾砲×4門)
    第2中隊(10.5cm榴弾砲×3門)
    第3中隊(10.5cm榴弾砲×4門)
第265砲兵連隊(第265歩兵師団)
  第1大隊:
    第2中隊(7.62cm野砲×4門)
    第3中隊(7.62cm野砲×4門)
    第9中隊(12.2cm野砲×3門)
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 7月23日の時点で師団の歩兵部隊は2個大隊のみとなっており、その他には師団固有の小部隊を有するのみとなっていました。このため、補充として第243歩兵師団の1個大隊が配属されたほか、他師団からいくつかの部隊が臨時に配属されていました。
・第77歩兵師団の5個大隊(通常=2個大隊、弱体=1個大隊、戦闘不能=2個大隊)
・第265歩兵師団の1個大隊(戦闘不能=1個大隊)

 逆に師団の第191砲兵連隊は第243歩兵師団(6個中隊)と第2SS機甲擲弾兵師団「ダス・ライヒ」(1個中隊)に派遣されていました。
その後師団の戦力は完全に枯渇し、師団の残余部隊は補充として他部隊に吸収され、8月10日付で正式に解隊されました。

 師団はその後、アイフェル(Eifel)で戦闘団Castorf(師団番号第172部隊)をもとに再建が開始されましたが、1944年11月5日には結局中止となり、再建中の部隊は第344歩兵師団に吸収されました。兵員は新部隊に吸収されたほか再建中の第191山岳砲兵連隊は第344砲兵連隊に改編・改称されて新師団に編入されました。こうして第91空輸師団はわずか3か月でその戦歴を閉じることとなりました。

 空輸師団は降下猟兵のような空挺降下は行わないものの、攻撃時には輸送機による迅速な侵攻で要地を確保し、防衛時には予備兵力として迅速な兵力移動を実現する計画であったと思われます。しかし、空軍の所管である輸送機は慢性的に不足しているばかりか、制空権が完全に連合軍のものとなって以降、本来の空輸による侵攻作戦などはもはや期待できませんでした。また、空輸のために通常の歩兵師団よりも機動力重視の編成となっていたことは、ノルマンディーのような防衛戦にはまったく不向きでした。
 

R5-D4とC2-B5

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 7月12日(水)15時12分43秒
編集済
  R5-D4はジャワのサンドクローラー内でR2-D2と巡り合っていたあの赤白のドロイドです。R5シリーズは廉価版ドロイドとして開発され、性能も今一という残念なものだったようです。R5-D4はその後ジャワの虐殺事件を生き延び、反乱軍に拾われてカスタマイズ改造を受け、長く使用されたとのこと・・・

真っ黒なC2-B5は帝国軍で使用されていた軍用タイプのドロイドで映画「ローグワン」に登場するようですが、映画自体はまだ未見です(W

http://

 

想像以上に難解

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 7月 9日(日)12時54分44秒
編集済
  第91空輸師団のことを調べようと思ったら、勢い余ってコタンタン半島北側に閉じ込められたシェルブール守備隊のことを調べ始めて、泥沼にはまってしまいました。全体の戦闘の流れがわかるのがいまだに「彼らは来た」が一番というのはどうなんでしょうかね。情緒的な戦闘描写が多く、部隊の詳細がはっきりしないのが欠点です。一方、部隊の詳細は「Normandy1944」をおいて他いなしですが、こちらは相互の関係や全体の流れがわかりません。
その他、沿岸防衛については「大西洋防壁」や「第三帝国の要塞」を参照、さらに砲兵のお約束各国製の捕獲野砲は「ドイツ兵器名鑑」で確認いたしましょう。
さて、分遣された連隊や大隊の親元を調べるのに苦労したことはありませんか?そんな時は「German Order of Battle 1944」というのがありまして、連合軍がドイツ軍部隊を調査したものなので不正確な部分もありますが、大隊規模から逆引きしてあたりをつける程度には使えます。逆に言えば極めて限定的な用途しかないのですが(W
 

第233予備戦車師団/第233戦車師団

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 5月24日(水)22時33分36秒
  マイナー部隊史に「第233予備戦車師団/第233戦車師団」を追加しました。第233予備戦車師団はデンマークに駐屯していた訓練戦車部隊ですが、戦争末期に実戦部隊に改編された第233戦車師団は実際にはドイツ陸軍最後の戦車師団、だったかもしれない(?)というわけです。(笑  

捕獲番号を訂正

 投稿者:のりっく  投稿日:2017年 5月 3日(水)15時21分7秒
編集済
  以前、ソ連軍捕獲番号として掲載した#69を訂正です。
#69 パンターA型
http://tanktiger.ru/wp-content/gallery/pantery-podbitye/pz-kpfw_-v-15.jpg

捕獲番号を検索する過程でフランスのLingèvresで1944年9月に撮影されたことがわかりました。
http://www.worldwarphotos.info/gallery/germany/tanks-2-3/panther-panzer/destroyed-panther-tank-june-1944-france/

オリジナル写真の書き込みまで写っているからこそですが、トリミングされている場合も多いので、油断なりませんね。
 

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